月夜見

   “春も間近の…その後で”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

ご城下でも名代の太巻き屋の王寺屋さん。
そこの一人娘のひな祭り…を前にして、
ちょっとした騒動が持ち上がったそうで。
奥向きの家内のお座敷に、それは綺麗なお雛様を飾っていたところ、
お内裏様を馴染みの子犬が咥えて行ってしまい。
あれ何てことよと、小僧さんたちが慌てて追いかければ、
たまたま見回りの途中だった麦わらのお親分さんがひょいと捕まえてくださって。
そこまでならば、ちょっとした歳時記へのおまけ、
この悪戯者がと苦笑交じりに子犬を叱ってお終いとなったところだが、

 『ショウノウ臭いもんをわんこが咥えるなんてあんまり聞かねぇよな。』

捕まえた子犬への言にしてはいやにくっきりと言い放った親分さん。

 『何でか鰹節の匂いがしたぞ、このお雛様。』

愛らしいひな人形にゃあ関心もないが、
上物の枕崎の鰹節には、親分さんにも覚えがあったか

 『そんなややこしいもんで作ったお雛様ってわけじゃなかろ。
  打ちかけの下にでも仕込んだか?』

そうと言い当てられた手代さんが青ざめてしまい、
あっさり底が割れてしまった、外連仕立ての誘拐未遂。
実は実は、この騒ぎの陰で王寺屋の一人娘をかどあかそうとした張本人だというのが判明し、
何という目串も刺さぬまま、
いわゆる巡り合わせというやつで
そんな悪事を未然に防いだ親分さんが感謝されたのはともかくとして。

 実を云や、この一件にはもう一人ほど功労者がいたのだけれど…

お雛様を咥えてった犬を追えと、そちらへお店の人らの注意を逸らし、
その隙にまだ幼い娘御をどこぞかへ連れ出そうとした女中こそ、
悪しき企み仕立てた側の手代の仲間。

 『女中の一人と結託し、今日の支度の中で騒ぎを起こして、
  あれお嬢様はこちらへなんとと促して、店の外へ連れ出しかけたのを、
  通りすがったお坊様に助けていただいて難は逃れましたが、』

 『お坊様?』

不安げなお嬢様を庇うようにしつつ、
もはやこれまでと捨て身になる間も与えぬ手際、女中を錫杖の一突きで昏倒させ。
見ず知らずのぼろんじ、雲水姿のお兄さんへこそ不安にならぬよう、
シジミの根付をちりりと鳴らして気を逸らさせて。
お屋敷の中へと無事に帰らせた、
そんな、文字通りの陰の功労者がいたこと、お嬢さん本人から聞いた御主人だったそうで。
何処のお坊様か判らないのが悔しい仕儀ですが、
なんの、だったらこれからは、
角口へ立った托鉢のお坊様には分け隔てなく手厚い御報謝を差し上げればよろしかろと、
懐の深い姿勢を述べられての、さて。

 「お。」
 「…おや、親分じゃありやせんか。」

そんな騒ぎもそういやあったっけねぇなんて、
毎日バタバタ忙しい身にはその記憶ももっと遠くへ掠れかかっているんじゃなかろかという、
月も変わり、お雛様も仕舞われているよな頃合い。
相変わらず、日によってというほどの目まぐるしさで
暖かくなったり寒さが戻ったりの弥生も半ばほど過ぎたご城下の一角にて、
今日はやや陽も照ってはいるが、脛を丸出し何てな格好だと“この寒いのに”と言われそうな
そんな寒さを乗っけた風が、時折吹き抜けてゆくよなお日和の中。
寒いからかそれとも場末だからか、それほど人影もないよな辻で、
ばったりと顔を合わせたのが。
片やは赤い格子柄の袷を尻っぱしょりし、濃い色の股引という目明しの正装でおわす
麦わらの親分さんなら、
もう片やは、先日の騒ぎの陰の功労者、
墨染の雲水衣も饅頭笠も高下駄も、どれもこれも擦り切れたのを
筋骨の堅そうな雄々しい身へとまとっていなさる、
いかにも豪放磊落そうな、辻坊主らしきお坊様。
まっとうな僧籍をお持ちかも怪しいような風体や口利きなれど、
ひょいと頭の後ろへ押しやった笠の下から現れたお顔は、
卑屈に浅ましい様子は欠片もない、むしろ晴れ晴れと頼もしい男ぶり。
しかも妙に場慣れしてもいて、
先だっての活躍なんてのは序の口、
刀や匕首なんていう物騒な得物を構える無頼を相手でも、
怯むどころか軽々と蹴散らし薙ぎ倒す剛の者…なものだから。

 「王寺屋のお嬢ちゃんを助けたそうだの。」

どこの誰と訊かぬうちから、
ああ あの坊様だとルフィ親分へも通じたらしいところが半端じゃない。
そうまでの乱暴な、もとえ、
手際の良い人助けが出来てしまえる、辻坊主というのはそうそう居まいし、
親分自身、このどこかとぼけた坊様の、なのに凄腕なところは山と目にしてもいて。

 『おや、嬢ちゃん、可愛いのつけてるねぇ。』

お店へ来ていた得意筋だろう、
趣味のいい紬に羽二重の羽織をまとった初老のおじさんから声を掛けられ、
えへへと含羞みのお顔になってたお嬢ちゃん。
春の淡色、可愛らしい着物の胸元辺り、
格子柄の赤い帯の端っこへ、
縮緬細工の小さな鈴付きの根付を下げており。
ちょこまか歩き回るのに合わせ、 
ちりりちりりと涼しい音を立てている。
怖い目に遭ったことよりも、
何でか知らぬが愛らしいご褒美を貰えたことの方が嬉しかったようで。
家人にしてみても、屋敷のどこにお嬢さんがおいでかが判りやすいと好評らしく。
騒ぎの裏の方の展開、訊いただけだった親分としては、

 「あんな可愛い根付なんぞ、よく持ってたな、坊さん。」

毎日会ってての昨日の続きという会話ならともかくも、
何日ぶりかで顔を合わせたばかりだというに、いきなり何を言い出すものかと、
面食らわれてもしょうがなかろう口利きをするルフィ親分も親分だが。

 「ああ、王寺屋さんの。」

すんなり合点がいってる坊様も大したもの。

 「なに、仲間内にああいう小物を担ぎ売りしている者がおりやすもんで。」

場末の煤けた小屋内なんぞでばったり顔を合わせたおり、
こっちには酒の持ち合わせがあったが相手は何にも持ってなく、
ただ貰うんじゃ悪いからなんて気を遣われて、

 「それでいくつか貰ったんでさぁ。」

そうと言いつつ片腕を袖の中へと引っ込めて、
袖を直すような素振りで次の間合いにひょいと出して見せたその手を開けば、
縮緬の端切れでくるんだシジミ貝の根付が
鈴をお供に幾つか並んでおり。

 「ほれ、先だって親分から鈴を頂戴したじゃありませんか。」
 「う?」

何それと言いかかり、ああと思い出したのが、
年の瀬に神社で縁起物につけていたのをもらった金の鈴。(『年の瀬の風景』参照)
…って、そうかやっぱり親分たら、
大事なものにつけといたらと言われて お坊様にやったんだな。(笑)

 「あれを思い出しやして、
  人様に鈴をあげるのが今節では流行っているのかなぁと。」

騒がれたり怖がられたりしないよに、
ほれとかざして見せたなら、
初見のお嬢ちゃんがあらとお顔をほころばせたので、
これはいいやとそのまま差し上げたらしく。

 「…そんなたくさん持ってて何で鳴らないんだ。」

つか、自分がやった鈴の音もしないぞと、
今の今まで忘れ去ってたくせに、
口許尖らせて不満げに言うところが、

 “あ、可愛いじゃねぇっすか、その顔。”

腹の中ではタメグチでよかろうに、
ついつい崇め讃えてしまったか、そんな風に感じ入り、
いやまあ・あのそのと
大きな手を後ろ首へ回してごりごりと、刈られた髪ごと掻いてみたりして。

 「御迷惑でなきゃ差し上げますが、
  あ・でも親分に鈴つけるなんて、地回り連中へは目印になりますかね。」

それはまずいかなぁなんて、
自分の手元を見下ろす彼だったのへ。
その手の上から赤いのを1つ、ひょいと取り上げた親分、

 「じゃあ、鳴らさない持ち歩きようを教えて呉れりゃあいいじゃんか。」

それなら問題ないだろう?と、
ちょっぴり斜に構える訊きようがまた、精いっぱいの威容を発揮しているつもりか、
だがだがちいとも偉そうじゃないから困りもの。

 “他所でもこういう威厳の張り方してんだろうか。”

だとすると、問題大ありじゃなかろかと、
何だか斜めなことを案じておいでの坊様なのへ、
春も近いか、膨らんだ桜の蕾が、すぐ間際の漆喰塀の上から見下ろして居た
弥生の末の昼下がりでございます。








     〜Fine〜  16.03.19.


  *こないだのお話の続きというか、
  肝心かなめの主人公二人の心情を描いてなかったので。
  相変わらずです、二人とも。(笑)

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